イントロダクション: 見えない未来/いまだ荒野としての都市
臨海副都心は、東京湾に浮かぶ新しい都市である。
東京が江戸と呼ばれていた17世紀以来、東京は海を都市化することで成長してきた。
埋め立てによる都市の拡張。フロンティアと呼ばれるこの地は、東京の、20世紀最後の拡張場所となった。
しかし、都市の動態は経済情勢が決定する。
バブルと呼ばれた好況の80年代に着工された「フロンティア」は、インフラストラクチュアをほぼ完成させ上部構造の建設に移ろうとしたその矢先、90年代後半になって、第二次大戦後最大と言われる不況に見舞われた。予定された博覧会は中止され、進出企業はオフィスの着工を見合わせた。巨大なビジネスゾーンを予定していた新都市の中央部は、広大な空き地として残されたのだった。
そして今また、この街は動き出そうとしている。
波は繰り返すから波なのだ。都市の生命は永い。いっときの状況ですべてを評価することはできない。
そんな時代に、このミュージアムは、その都市の、まさに中央部に出現することとなった。それが意図だったのかどうかには、関係なく。
この都市の地下には巨大な共同溝が埋設されている。原子力発電所一基分に匹敵する建設費を投じてつくられた、エネルギーと情報と集塵システムの、日本最大の共同溝システム。この建築は、そのための展示施設である。
敷地の周囲は新しい街の中心となるはずだったところだが、今は荒野のような空き地である。そこは都心と呼ばれているのだが、郊外よりもっと未開の地のように見える。
参照すべき街並もなく、継承すべき文化もなく、尊重すべき自然もない、そして将来の予測も成り立たない、言わば無のエリア。そこに出現する建築には、いったい何が求められるのだろうか。
小さなこの建築ひとつでは、その機能から言っても、多くの人々を集める賑わいをつくり出すことはできない。この建築の役割は、量的な都市性ではなく、質的な都市性を果たすことにある。見えない都市を「見える」ようにする、モデルとなること。自分自身が、都市というものの、「模型」であること。
では、都市性として何をとりだすのか。
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