| 青山製図専門学校一号館 1990 |
| 部分は自由なのに、全体はまとまっていること |
自然の林のような街:混在 |
|
|
この建築は1988年の国際コンペで選ばれたものです。 この建築の建っている東京・渋谷のこのあたりは、オフィスや集合住宅や商店が混在し、道も曲がりくねり、建物の高さも高低入り混じっています。機能も区画も高さも、雑多なものが混在しています。とても計画された街には見えません。 都市とは、ある意図のもとに計画されてできあがるもの、だとすれば、このあたりは都市とは呼べないかもしれません。 この街を歩いても上から眺めても、街の構成原理は分かりません。そこには何の規則もない、ただのでたらめのように思えます。 自然の林や草原には、さまざまな木や草や生き物がいて、それぞれは別々の姿と生活をしています。誰かが全体を統一しているわけではありません。 一方、人が手を入れた自然、たとえば植林された森では、一種類の木が整然と並んでいます。畑もそうです。稲なら稲、麦なら麦と、同じものがずっと並びます。 しかし、その森や畑も、人が手入れをしなくなると、違う種類の木や植物が混じり、やがて、自然の林や草原になっていきます。 つまり、きちんと統一された自然は、本来の自然の姿ではなく、たくさんの種類のものが混じった状態、違ったものたちが同居しているのが、自然の本来の姿なのでしょう。 |
都市の新しいつくりかた:脱則 |
では都市はどうでしょうか。 きちんと計画されて、整然と整った都市は美しいですね。 しかし、そういう都市は、多くのことを強制します。高さはそろえなければいけない、色は統一しなげればいけない、壁面は連続しなければいけない。 「・・しなければいけない」、という規則で縛ることで、全体の統一をかなえています。 こうした方法は、整然とした都市をつくる有効な方法のひとつであることは確かです。 では、そうした方法で都市がつくられていたのはどんな時代でしょう。 いまはどうでしょう。そうした時代ではありません。経済システムも文化も、当時とは違います。多民族、多様な文化、いろいろな様式が共存し、変化も速い状態です。 |
都市の生態系:多様 |
|
|
こで、また渋谷に戻ってきます。 渋谷は今述べたような整然とした計画都市ではありません。しかし、多様な活動を支え、活気ある状態を生み出しています。 その仕組みは、外から見てもすぐには分からない、でも、都市の構造の奥に潜んでいるのではないでしょうか。 自然の林や草原も、同様に、無秩序に見えます。しかし、その多様な姿の背後には、「生態系」という、しっかりした仕組みが隠れています。 渋谷の街にも、そうした、「都市の生態系」が隠れているのかもしれない。 とは言うものの、渋谷の街並みが「いい」、とは思いにくいところです。 |
気を伸ばすこと:学校 |
|
|
そうした考えから、この建築は生まれました。 この建築を構成するのは、たくさんの部品です。その部品に、同じものはほとんどありません。ほとんどすべての部分が異なっています。 それらの部品は、いずれも、機能の必要性からそこに生まれたものです。 それらが要求された役割を果たした後も、それらの持つ「勢い」を、もっと伸ばすことを許しました。それは、植物に水をやって、もっと茎や葉をのばすようなものです。 その結果、柱は梁と出会う柱頭に特別な部分を発生させ、タンクは楕円に膨らみ、アンテナはより高く伸びていきました。 例えば柱頭に何かが生まれるのは、ギリシア建築のORDERでも同様で、パーツとパーツが出会うところに両者を取り持つ役割の新たなパーツが発生するのは、建築に普遍的な現象なのかもしれません。 そうやって発生したものたちは、「装飾」ではありません。 しかし、ここに登場したパーツたちは、そうではありません。いずれも仕事を持っています。 建築を成り立たせるために、なくすわけにはいかないものなのです。 その結果、全体が混乱するのではなく、それぞれの気が出会い、自然に調整されて、全体ではバランスがとれた状態になることを、目指したのです。 これは、先ほど述べた、都市の新しいつくりかたに通ずるものです。 この建築はひとつの単体建築ですが、都市の構成原理をシミュレートした、思考のモデルでもあるのです。 この建築は学校ですが、学生も同じようなものです。いろいろな学生がいるから面白い。でも、みんなが勝手なことをしてばらばらになってしまっては、もはや学校とは言えない。かといって、規則で押さえつけては、育つものも育たない。できるだけ個人は自由で、でも全体はバランスしている状態が望ましい。でもそれは難しい・・・ では、その難しい統合の原理をどこに求めるのでしょう。 それでも、もっとなにか、それ以上に・・・という声に応えようとするのが、統合の原理を「方法」として取り出すことを目指して、この建築と同時期の90年に始めた、「誘導都市/INDUCTION DESIGN」プロジェクトなのです。 |
建築の持つ力を再発見すること:触媒 |
そのつど、個別に生産すること:技術 |
無目的な空間も必要なこと:構成 |
|
敷地が狭く奥行きが長い上に法規制が強いので、要求された教室を最大限に確保すると、あとは通路程度しか残りません。外部に広場の余裕はなく、建築の中に広いロビーも取れません。要するに、教室と事務室とトイレしかできないのです。 学校には、教室から教室に移動するだけでなく、その時々になんとなく立ち寄るような、あるいは特別な場合に使うような、機能の定まっていない、無目的な空間もほしいですね。 そこで、コンペの要求は教室群だけだったのですが、要項になかったギャラリースペースを最上階に提案しました。 要求を満たす最大限の教室を4Fまでに確保して、5F全体を多目的室とし、セミナーや作品のプレゼンテーション等に使うことを期待しました。それは斜線制限などの規制の中でのぎりぎりの提案でした。 前に記した柱頭のある3本の丸柱は、このギャラリースペースを外から支える役割を担っています。 道路からのアクセスは2Fからなので、2Fにはブリッジに続くエントランスロビーを設けています。 |
それから時がたち・・・・・年 |
|
|
この建築も、竣工してから世紀を越え、年月を経ています。幸い、外部については学校の手できちんと定期的な清掃が行われているので、パネルの汚れも少なく、良好な状態です。 竣工後13年を経た2003年に、全体のリフレッシュ工事が行われました。内容は、RC打ち放し部の清掃とコーティング、金属パネルの再シール、パネル以外の壁や鉄部の塗装などです。アルミパネルとステンレスロッドのフッ素焼付け塗装は、劣化が少ないので今回はそのままになりました。 学生数の増加に伴い、5Fの提案スペースの半分は特別教室として使われ、半分はプレゼンテーションルームとして使われています。 建築は、それを使う方々に愛されることで、生き生きと生きていくことができると思います。 |
| L: 1.2Mbps M: 600k S : 300k |












